オマージュの人、パロディの人
「オタクとは何か?」第5回がアップしました。今回は竹熊さんが急病のため、修行編です。
http://web.soshisha.com/archives/otaku/2006_1221.php
オタクVSサブカルにいろんなコメントを貰ってから考えがどんどん発展していったのですが、今思っているのは、オタクは大きく「オマージュの人」と「パロディの人」に分けられるのではないか、ということです。
今回原稿に書いたGさんは明らかにパロディの人で、非常に理知的で作品に絶えず突っ込みを入れ続けます。パロディを作るのにはその世界の全体構造を論理的に掴み取る必要があります。彼らは「知の人」で、全体の構造を的確につかみとります。だからこそ、その世界からの「ズレ」に敏感なのです。そして意図的に世界を「ズラシ」て作品を作ります。例えば竹熊健太郎。「サルまん」はまさに「パロディの人」の仕事です。
なぜこんなことを考えたかというと、次に書く予定のUさんが、激しく「オマージュの人」だからです。
詳しくは連載で書きますが、彼はオマージュの人で、自分の愛する作品についてその思いを延々と語ります。そしてその物語を自分の欲望によって拡大していきます。例えば長大なSSを書くのはこのタイプでしょう。その世界に沈潜し没入しなりきる。自分の気に入った世界を自分の気に入った方法で再生産する。世界をズラすパロディーの人に比べると、オマージュの人は世界を自分バージョンで再生産するタイプだと思います。例えば庵野秀明。庵野作品の中には、さまざまな先行作品の再生産が見て取れます。
二つのオタクの原型として庵野秀明と竹熊健太郎を見るという試みは面白そうです。僕の場合、竹熊と庵野の原型を取材現場で見つけてしまったので、その思いはいっそう強くなります。
さらに、非常に大雑把ですが次のような二分が見えます。
パロディの人 オマージュの人
オタク密教 オタク顕教
修行系 帰依系(殉教者)
モテ 非モテ
オタクVSサブカルも当然この図式に関わってくると思います。