狩猟笛 けいおん アンチ

 発売日に買ったばかりの「Don’t say “lazy”」を大音響でかけ、いっしょに歌いながら車を走らせていたところ、携帯に電話がかかってきた。
「たいへんですよ大泉さん、聞きましたか、モンハン3で狩猟笛が使えなくなったんですよ」
 え、なんですか。
電話はGさんからだった。それもひどく切迫している。しかし、今は平日の午前中であるし、この人はサラリーマンとしてこの時間は仕事のはずである。こんな電話をしていていいのだろうか。
「仕事なんてやってる場合じゃないですよ。これは僕のアイデンティティーにかかわる問題ですよ。まったく、Capcom公認で、『僕の笛の音色は君の心には届かなかったのか』ですよ。それに大泉さんの愛するガンランスも使えないんですよ」
 なにっ。
「水中では火は使えないとか息継ぎできないとか。水中戦闘がありますからね」
 おう、これは確かに仕事どころの騒ぎではない。そう思ったのもつかの間、ものすごいハイテンションで話していた受話器の向こうから「ああああああああああああ、お客さんだ、すみません切ります」という切迫した声が聞こえて電話は切れた。
 僕は狩猟笛は使わないのではじめはまったくピンとこなかったが、ガンランスが使えないのは大問題である。アイデンティティーどうこうの問題ではなく、ガンスがないとつらい相手が何体かいるからだ。ティガにフルフル、ナルガにアカム、どいつもこいつもガンスなら楽チンなのだ。それを………
一体どうすればいいのか、しばらくの間脳内で緊急対策会議が開かれたが、なんら解決策は提出されなかった。しかたがないので僕は再び「Don’t say “lazy”」の歌唱に戻った。


この歌は「けいおん」のエンディングテーマである。作品そのものはちょっとねらいすぎなんじゃねえのというような京アニ制作もえもえ萌えアニメだが、このエンディングは素晴らしい。アニソンのシングルなんて買うのはGod knows以来である。ガールズバンドのお話なので、この番組からさらなる名曲が生まれるのを希望する。
けいおんの何がねらいすぎって、萌えがこってりしすぎ。とくに秋山澪。あれだけ萌え要素をてんこ盛りに詰め込んだ上に「もえもえ〜 きゅん」はねえだろう。エンディングの映像はほぼ完璧だし、全体的にいい話なだけに、ちょっとしたくどさが気持ち悪い。素肌がきれいなのに厚塗りの女みたいである。過剰な演出はなくとも、澪の魅力は十分伝わる。
巷では「澪は俺の嫁」発言があふれている。こんなにこの発言を見るのは主観的には長門以来か。いずれにせよ今後の展開に期待。
このアニメはハートブレイク中のT君の強いすすめで見始めたのだが、当のT君はもちろん大絶賛キャンペーン中。そのうちにこの「Don’t say “lazy”」がCD売り上げランクの一位、二位がEXILEの「THE MONSTER」、そして三位がやはりけいおんのオープニングテーマである「Cagayake! GIRLS」になるという事態が発生した。T君の憎み抜いているモテ歌をけいおん勢が蹂躙しているの図であり、彼はまるでわがことのように得意の絶頂である。そこでなんと言ったか。
「つまりわれわれの正しさが証明されたわけですよ」
いや、正しいとかそういう問題じゃないから。
 このT君に対して、
けいおん厨ウゼエ」
と連呼し、「自分はアンチですから」と面と向かって言い放つのが、店の後輩のN君だ。
「俺ネットでも書き込みしまくってますから。だいたいけいおんは狙いすぎなんですよ。」
「まあその意見には部分的には賛成だな。じゃあN君さ、カラオケで俺が『Don’t say “lazy”』歌ったらさ、ブーイングとかするわけ」
「します。サッカーのサポーターみたいに、ずーっと『ブウウ〜』って言い続けます」
「ひえ〜」
 アンチとしての決然とした態度はステキではあるが、自分のカラオケの際に盛り下げられるのは勘弁である。
 このN君とT君はオタクとしてお互いに認め合っている存在ではあるのだが、事あるごとに反目しあう関係でもある。今回N君がアンチに回ったのも、T君の熱烈な大絶賛キャンペーンが鼻についたのではないかと僕はにらんでいる。このようなオタク間の人間関係が、作品の評価やアンチの発生などにかかわってくるというのが面白い。もう10年以上前、エヴァをめぐって竹熊健太郎さんと僕が大絶賛キャンペーンにはまり、アンチとやりあったりしたわけだが、その原型をみているようだ。