みなと店モンハン部の壊滅(1)―オタクとは何か・特別編

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「おまえなあ、いったいこの事態をどうするつもりなんだよ」
温厚な性格で知られる僕、いやおれではあったが、この時は思わず語気鋭くつっこまざるを得なかった。というのも、あまりの理不尽さに、深く静かに怒っていたからなのである。そんなわけで今回は「僕」なんて言ってられないので「おれ」で行くのである。
といっても、この時は原発問題とか東京電力とか政府の責任などについて激しく怒っていたのでは別になく、話はモンハンについてのことなのであった。
このブログを読まれている方なら、おれがオタク修行のためそれ系のショップで潜入取材を行っていることや、その過程で激しくモンハンにはまってしまったことなどをご存知であろう。ドスから始まり、2nd−2ndGにいたってはプレー時間が1700時間を越え、「それだけの時間があったら何冊本を書けると思ってるんですか」と周囲をあきれさせた。PSPを3台つぶし、英語版までやったというはまりようであった。おれの行っているショップはあるチェーンのみなと店というところなのだが、モンハンに狂ったおれたち店の有志数人はモンハン部というものを結成し、いささか年上のおれはその顧問というものに納まった。そして当然のように去年の12月に発売されたモンスターハンタートライGにも激しく挑んでいたのである。
おれの目の前にいて激しい責任追及を受けているのは、みなと店モンハン部の部長である「とびしん」という男である。以前はこのブログではイニシャルで呼んでいたが、怒っているのでこの際リアルあだ名になるのである。
そうなのだ。そもそもこの男はT君としてこの連載やこのブログに何度も登場し、あまっさえ連載第19回「オタクの恋」編では主役として15歳腐女子少女に敢然と告白し、壮絶な失恋を遂げているのである。
そして、そうなのである。今回おれがこの男を責めているのも、まさにオタクの恋がらみなのである。
話を2年前に戻そう。
2008年に壮絶な失恋を遂げたとびしんは、非モテサイトにはまったり、映画のプリキュアを見に行ってボロボロ泣いたり、車を買ったりするうちに徐々に回復していった。もちろんその間おれたちは激しくモンハンに明け暮れていた。
この2008年から2009年にかけてが店でもっともモンハン人口が増えた時期で、パーティーは二つに分けなければならず、深夜に店が終わった後コンビニの駐車場で2台の車に分乗し、ギャー死ぬ死ぬこいつ殺すといったいささか物騒な叫び声の後、完全に物欲センサーにはまってしまった部員たちの深夜のうめき声が、クエスト終了のファンファーレの余韻が残るなか車中でとぐろを巻いたものであった。
とびしんのモンハン熱もすさまじかった。通常は「まあキークエからつぶしていくか」というのが正常な人間のあるべき態度であると思うのだが、こいつはオタク特有の完全主義をむき出しにしてモンスターとの闘争を進めており、クエストの進め方は実に機械的に「下から順に」なのであった。つまりは村クエ星1の1「雪山草摘み」から順番にひとつひとつつぶしていくのである。なんだか気の遠くなるような進め方だが、本来ゲームというのはそのようにデザインされているのか、下位で手間をかけることが圧倒的な厚みとなってゲーム攻略を有利に導くようであった。その結果、村クエの最終難関である「モンスターハンター」を最初にクリアしたのもこいつであったし、勲章を全クリしたのも仲間内ではこいつだけなのであった。
このころ店の最強パーティは、双剣からハンマーに転向しガツガツダメージを稼ぐようになったとびしんと、ガンダムダブルオーのロックオン・ストラトスに心酔し「目標を狙い撃つ」を標榜する凄腕ガンナーのロックオン、そしてサッカー部出身、持ち前の反射神経でひらりひらりと逃げ回るしっぽ命のしっぽ切り職人・コウキ(太刀使い)、そしておれであったかもしれない。「モンスターハンター」をクリアしたのも、とびしん、ロックオン、おれの順番だった。そしてこれはあまり思い出したくもないのだが、1700時間越えのおれと、ギルドカードのカードリストのところに出る「個別友好度」が最も高かったのがとびしんであった。しかも、ほかの狩り友との友好度が100前後の数値であったのに対して、こいつとの友好度は244.23というもので、圧倒的ダブルスコアでダントツだったのだ。つまりはそれだけ一緒に狩りに明け暮れていたのである。
とびしんはこのように2009年を過ごしながら徐々に失恋から回復していった。
そして2010年春、おそろしいことにとびしんに彼女ができてしまったのである。
なんでも、どこかのイベントでとびしんがボカロのKAITOのコスプレをした時に写真を撮られたのがきっかけで知り合った、という、あられもないほどオタク的な恋愛展開なのであった。イヌとしかキスをしたことのなかったとびしんは、この彼女とABCといったうれしはずかし大人の階段を上っていったようだが、とびしん本人も大人になっていったようであまり詳しい報告は受けていない。その後、いろいろあってこの彼女とは別れたようであった。
そして2011年秋、さらにおそろしいことにとびしんに新しい恋人ができたのである。もうだんだん書くのがいやになってくるのだが、これが今回の問題の中核なので省くわけにもいかないのだ。
この時の店のスタッフの反応は「ああそうあんたまた彼女ができたの」といったきわめて冷淡なものであった。一人目はさすがに驚いたが、二人目となるとさしたる感慨もない。第一こいつに恋人ができたところで、他のスタッフの生活にたいした影響があるわけでもないのである。
問題が表面化したのは、年が明けて、2012年になったあたりからである。
2011年12月5日に発売されたモンハントライGは、仲間内ではきわめて評判が悪かった。
理由は二つあって、一つはプラットフォームがPSPから3DSに変わったこと。画面が小さくなり操作性が下がった上に、新たに3DS本体を買わなければならないというのが大きな負担だった。
もうひとつの理由は、水中戦闘がかったるいというものであった。
そんなわけで、モンハンP3まで一緒に戦った仲間で、これは買わないという人材が続出した。しっぽ命のコウキですら今回買っていないのである。これはみなと店モンハン部としては多大な損失であった。
そんな中、部長のとびしんは8月ごろから「モンハンですよ、楽しみですねえ」とあちこちのサイトに潜って情報を集め、発売日には自分の働いている店に早朝から並ぶという完全なモンハンバカ状態に陥っていた。購入後はいち早くゲームを進めると同時に、周囲のモンハン未購入者に対して「お面白いよーん、一緒にやろうよーん」などのよーん攻撃を行い、新人の「もふらせろ」君(モフモフさせろ、というような意味らしい。用例「(ネコに対して)エサやってんだからもふらせろよ」)の入部に成功させるなど、意欲的に動いていたのだ。
ところが、事態はじょじょにぬきさしならぬ方向への動いていったのである。
部長とびしんが3DSやソフトを購入させた部員たちに、集合の連絡をかける。そうすると店の終わった深夜零時30分ごろ、ハードやソフトを入手したみんなが三々五々集まってくる。
ところがその現場に、肝心のとびしんがいないのである。
とびしんの熱心な勧めでトライGを買った銀さんは「なんでとびしんがいねえんだよ。おれはあいつに呼ばれたんだぜ」とかん高い声で怒りをあらわにし、新人のもふらせろ君はなぜここに自分を誘ったとびしんがいないのかまったく理解できない様子だった。
その理由が、とびしんにできた2人目の彼女であった。
リア充」というやつである。
おれたちは深夜にモンハンをやるし、やつのデートというものは昼間なので、前の彼女のときはまったく支障がなかった。おれは土曜、日曜、火曜が出勤日なので、当然その夜はモンハンになる。ところがこの二人目の彼女とつきあうようになってから、とびしんは土曜の深夜にモンハンをやるのを嫌がるようになっていた。明日は午前中からデートなのだととびしんは言い、このリア充がしゃらくさいことをぬかしやがってと思いつつ「ああそりゃーたいへんだなご苦労さん」ということで、おれたちはなんとなく納得していた。
ところが、日曜の夜もモンハンをやるのがいやそうなのだ。というか、本人はやりたそうなのだが、どうしてもモンハンができないという気配が濃厚なのである。
理由は分からないが、どうも日曜の深夜にも何ごとかが行われているらしい。しかし2人とも実家住まいで、とびしんの話では彼女は正社員であり、翌日は仕事のはずである。つまり、二人とも日曜の深夜はそれぞれの自宅にいて会っていないはずなのである。いったいそこで何が進行しているのかは皆目見当もつかないが、なにやら、おれの想像を超えた交際が行われているようだった。
おそらく非常に情の濃い女と付き合っているのだろう、そしてこいつは深く激しく拘束されてしまったのだろうということで、おれはなんとなくとびしんに同情したのである。つまりとびしんは、完全に「恋のドレイ」というものに成り果ててしまったのだ。けれども、もともとは犬としかキスできなかった男なのであるから、そんな男が「恋のドレイ」状態になれるなんてたいしたことなのである。とびしんみたいな根っからのオタクにこんなチャンスはそうそうないであろうし、だとすればそんな男が幸せになる機会を奪ってはならないのだろうな、と思うしかなかった。
しかしながら、部員たちの不満が高まる中、顧問としては一応のけじめをつけなければならなかったのである。
そして、冒頭のセリフになった。
ある日曜の仕事中に、おれはとびしんに改まった口調で言った。
あんたはこれまで、モンハン部の部長として「モンハン面白いよーん、一緒にやろうよーん」と言ってきた。それを信じて、何人もの友達がモンハントライGを買った。あまっさえ3DS本体を買ったやつすらいるのだ。にもかかわらず、一緒にやろーよーん、と言って回っていたあんたは、今日もやらないというではないか。この事態について、いったいどうするつもりなのであるか。なにか申し開きするべきことがあるなら申してみよ、とおれはいつの間にか大岡越前になっていたのである。
いつもへらへらしているとびしんではあったが、この時は珍しく神妙な表情でしばらくのあいだ沈黙した。そしてひとこと、
「おれが悪いです」
と自分の非を認めた。無責任でいい加減でろくなもんじゃない男なのは間違いないのだが、とびしんにはこういう素直な一面もある。
いずれにせよ、土日はなにか深い事情があるようだから仕方ないにしても、平日の火曜日にもモンハンができないとなるとこれは一大事だぞ、ということをおれは伝えた。おれは締め切りが増えてしまってここのところなかなか狩りに参加できない、という状態が続いていた。したがって火曜も部長が来なくなるとすれば、みなと店モンハン部は事実上壊滅したに等しいのである。まさに壊滅の危機であった。おれは理由もなく「ガメラ2」の壮絶な仙台壊滅のシーンを思い出していた。壊滅の規模はシロナガスクジラとアリぐらい違うが(いや、もっと違うかもしれないが)とにかくこっちだって壊滅の危機なのだ、ナントカしなければいけないのだ、とおれは力強く思った。
ところがとびしんは、
「いや、火曜もちょっと」
と言ったあと急速にその言葉を呑み込んだのであった。それがまた汚職を犯した政治家や官僚が責任追及を逃れるようなヤバイ感じの口ごもり方で、きわめてはっきりしない態度というものに終始しているのである。つまりは、なにか非常にいけない気配がとびしんのまわりに濃厚に漂っていたのであった。((2)につづく)