みなと店モンハン部の壊滅(3)(4)―オタクとは何か・特別編

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その日曜の夜、というのもおれがとびしんに冒頭のセリフを申し渡した日曜の夜であるが、すき家にはおれ、もふらせろ君、コウキ、新人のS君の4人が集まった。といってもモンハンをやるのはおれともふらせろ君の二人だけで、後はめしを食ったり情報交換をしたり他人の悪口を言ったりするために集まっていたのである。まさにみなと店モンハン部は壊滅寸前であった。
批判は当然のようにこの日もそこにいない部長のとびしんに集まり「ふざけんな」「最低最悪」「なめとんのか」「無責任」「人間のクズ、いや、ゴミ、ゴミそのもの」「いいかげんなやつ」「わがままで人のことを全く考えてない」「テッキットー」「リア充爆発しろ」などのセリフが気持ちよさそうに各人の口から発射されていた。こういうことをみんなに気持ちよく言わせている、というのが、現在とびしんの唯一の存在価値であろう。
やがてモンハンになり、おれたちはまずグラン・ミラオスに行った。火属性620というコワレガンランス・熾烈ナル修羅ニ堕ツ鎗(しかも砲撃が拡散5)が作りたかったおれは、どうしてもこいつの凶眼が必要だったのである。ところがこいつはアホみたいに体力があり、一人で行くのは限りなくかったるいのであった。その上凶眼を手に入れるためには顔面の部位破壊が必要なのであるが、一人で行くとおれの腕では倒すのがせいいっぱいで、顔面破壊までなかなか至らないのである。
この日も二人でやっても30分近くかかったが、なんとかミラオスを倒すことに成功した。顔面破壊もできていたかどうか定かではなかったが、クエが終わると報酬にちゃんと凶眼が入っており、おれは狂喜乱舞したのであった。これで目標の第一歩であるインフェルノファナスが作れる。
この日の狩りではもふらせろ君も、何度ジンオウガに挑んでも出なかった“雷狼竜の天玉”を、何の気なしに落とし物を拾ったらゲットする、という幸運があった。みなと店モンハン部はまだゲームの神に見捨てられていないのだ、とおれは確信した。
午前4時を過ぎて狩りもひと段落し、おれともふらせろ君は新たにビールを注文してうぐうぐと飲んだ。一応は「勝利の美酒」というものである。
さて、読者のみなさまにおかれましては、おれたちが夜中の12時ごろから早朝まで4時間も5時間も牛丼屋でモンハンをやることについて、「いかがなものか」と思われている方がいるかもしれない。あるいは、「そういう行為は著しく公序良俗を紊乱するものである」というお叱りの声があるかもしれない。あるいは「あんたらは楽しいかもしんないけど、他のお客さんや店の人の迷惑になってんじゃないの」と言う人がいるかもしれない。あるいは単に「クズ」と言う人もいるかもしれない。
実は、おれたちもそう考えていたのである。
おれたちも店員の端くれであるから、「迷惑な客」というものには日ごろから敏感である。そんなわけで、他の客の邪魔にならないように店の端っこに固まって座り、なるべく大きな声を出さないように狩りをしていたのである。
そんなある日のこと、すき家の店員の一人が、まあお愛想もあるのだろうが「実は皆さんがいてくれると心強いんです」と言うのである。
田舎町にある小さな店だから、どうしても夜中のシフトは一人になる。深夜はお客さんがいなくなる時間帯も長い。そして、そういう店を狙って強盗が多発している、というのである。そういえばどこかでそんなニュースを聞いたことがある。そういうわけでこの店員とは仲良くなり、「おれたちは確かに夜通しモンハンをやる社会のクズかもしれないが、深夜一人で働く正しい牛丼店店員の心の支えになっているのだあ」と心の中でひそかに息を巻いたのであった。
さて、いま目の前にいてビールをあおっている「もふらせろ」君であるが、これがおれの周囲にはまずいないビジュアル系の美形で、年齢は22歳。おれは男であるから、目の前にいるのが体重50キロのビジュアル系だろうが体重300キロのデブであろうがモンハンさえしてくれればどちらでもいいのであるが、なんだってこんな男が田舎の港町のオタク系ショップで働いているのか、ということについては一応の興味がある。もふらせろ君の話では、彼は大工の息子で高校を卒業してから父親の手伝いをしていたが、バンド活動のため上京し、一時的にうまくいかなくなって地元に戻ってきた、ということのようであった。東京時代は生活のため水商売のバイトをしており、男女関係を含めさまざまな修羅場を潜り抜けてきたらしい。
このようにあまりオタクらしいライフヒストリーではないのだが、ゲームは大好きでアニメにも非常に詳しい。店の人間とも話が合うため「こちら側の人間」ということで、アニソンカラオケ大会にも誘われるようになり、そして当然のように今おれの目の前にいるのである。あるいはオタクの膨張、一般化を具現している人なのかもしれない。
美形であるから当然とびしんの十倍は女性経験が豊富であり、おれはそんな彼にとびしんの様子がどう映るのかに興味があった。聞いてみると、彼は毅然として、
「女には時にははっきり言うべきことを言わないとダメです。今のとびしんさんはあまりにも彼女の言いなりになっています」
と実にきっぱりと言うのであった。
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そして問題の火曜日がやってきた。
「今日はできそうかい」
何気なくとびしんに聞いてみた。すると
「おれは大丈夫です」
という短い答えが返ってきた。
そうか、こいつにはまだ気力が残っていたのだ。たとえどんなに女との関係でふにゃふにゃになっていようとも、その気持ちの底には、ゲーム仲間との狩りを大切にしようとするオタクの心意気が脈々と生きていたのだ。おれは思わずうれしくなってしまった。
上機嫌で働きながら、他の部員との連絡をどうしようかと考えていたときに、休憩に入っていたとびしんが売り場に戻ってきた。ひどく深刻な顔をしている。
話を聞くと、
「休憩時間中に彼女に電話をして、今夜はモンハンをやると言ったら、『電話ができない』と彼女に泣かれた」
と言うのである。
おれには何のことなのかさっぱり分からなかった。なんでモンハンをやると電話ができないのだ。なんでそんなことで泣かなければいけないのだ。恋人同士のことであるから、夜電話で話をするのは当然として、そんなの電話で話を終えてからモンハンをやればいいだけのことではないか。そう思ったので、思った通りのことを伝えると、
「だって毎日朝の4時まで電話してるんですよ」
ととびしんが深刻そうに言うのである。
その瞬間、目の前にいるオタク男がとろけきった顔で朝の4時まで電話で話している絵が頭に浮かび、それがあまりに想定外だったためおれは爆笑しそうになった。次の瞬間、その行為は目の前で深刻な顔をしているとびしんに対して気の毒である、それにそもそも今は仕事中である、という二点に気付き、おれは爆笑を大急ぎで引っ込めようとした。その結果声を出さないことには成功したが、必死で笑いをこらえているため肩がはげしくフルエてしまい、とびしんにはおれが爆笑していることがあからさまに伝わってしまったのだった。
「笑えないですよ」
とびしんは不満げに、そして悲しげに言った。


「どうしたのとびしんさん、元気ないよ」
売り場でコウキにそう声をかけられるほど、とびしんはしょげ返っていた。
後でわかったのだが、この時とびしんのスマホには、見るも恐ろしげな長文のメールが彼女から送られてきていたのであった。
きっと彼女の頭の中にも、そしてとびしんの頭の中にも、恋愛ホルモンがドバドバ出ているのであろう。そして一瞬でも離れがたいと思っているのであろう。おれは数少ない自分の恋愛体験などを振り返り、そういえばおれにもそんなことがあったなあ、そういう時期があるんだよなあ、と思い直していた。
「で、君は彼女に最終的にはなんて言ったわけ」
「もちろん、今夜はモンハンやるって言いましたよ」 
その意気や良し、である。
モンハンをやるかそれとも彼女とダラダラ電話をするか、はたから見ていたら実に瑣末でくだらない選択である。しかしながら、脳内恋愛ホルモンがドバドバ出ている本人たちにすれば、そういう細かいことが恋人間の決定的な亀裂を生むこともありうる。
根っからのオタクであるとびしんにとって、このような恋愛のチャンスはもう訪れないのかもしれない。とびしんもその可能性におびえているのであろう。そこでおれの頭に「今夜やつに強引にモンハンをさせる、というのは、やつの生涯に禍根を残すことになるのではないか」という考えが浮かんだ。ひょっとしてこのまま順調に恋愛が進めばやつはそのまま結婚というものに突入し、5年後にはかわいい娘と息子に恵まれたあたたかい家庭、というものの中で笑っているとびしん、というのもあるのかもしれない。しかし一夜のモンハンがそのあたたかい家庭、というものを根こそぎ台無しにしてしまうのかもしれないのである。みなと店モンハン部としてはやつを失うのは痛恨の極みではあるが、今夜のモンハンはやつの将来のあたたかい家庭を破壊してまで行うべきものなのであろうか。そもそも、男が取るべきなのはモンハンなのか、それともあたたかい家庭なのか。と、ここまで一方的に妄想が進んでいくと、頭の中にはやつによく似た子供たちの顔などもちらついてくるのである。
年長者としておれはどのような態度を取るべきか、にっちもさっちも行かないような気分に陥った。しかしながら、やはりここは大人の対応というものが求められるのであろう。一瞬のうちにここまで考えたおれは、
「今夜のモンハンは、まあ、あんまりムリしなくっていいよ」
と言ったのである。そしてやさしくとびしんの肩をぽんと叩いたのであった。
しかしとびしんは情けなさそうな顔で、
「そんなあ〜」
と言うのであった。


結局その火曜日の夜、とびしんは「三人いれば何とかなりますよね」というわけの分かったような分からないような捨てゼリフを残して夜の闇の中へ消え去ってしまった。顧問の許可を取ったとはいえ、最終的にこの男は火曜日もモンハンではなく彼女を取ったのである。みなと店モンハン部の壊滅はもはや火を見るより明らかであった。
すき家にはおれともふらせろ君が残り、三人目である銀さんを待ちながらビールを飲むことになった。とびしんの悪口を言いながらであることは言うまでもない。きっと今頃とびしんは、自室でスマホを耳にあて、だらけきった顔で彼女と話をしているのであろう。そしてそれは朝の4時まで続くのであろう。
30分ほど遅れて銀さんがやってきたのだが、なんとこの男はモンハンのソフトを家に忘れてきたというのである。しかも、途中でソフトを忘れたことを思い出した(「ああそういや3DSにマリオが入ってるわ」)にもかかわらず、面倒くさいので取りに戻るのをやめた、という信じがたいことを言うのであった。
ああ、わがみなと店モンハン部の結束、地に堕ちたり。
というわけで再び、おれともふらせろ君の二人だけで狩りに出ることになった。
ようやくできたインフェルノファナスを熾烈ナル修羅ニ堕ツ鎗に強化するには「不死の心臓」というアイテムが必要であった。これがあのグラン・ミラオスの心臓で、しかも2個必要なのだ。おれたちは日曜に続いて、巨大で凶悪なグラン・ミラオスに立ち向かうことになった。
しかし、どういうわけか調子が出ない。もふらせろ君がたちまち2死してしまう。彼はダメージを稼ぐために双剣で乱舞を繰り返しており、ガード能力がないので死に易いので仕方がないのである。しかし次にはガードバリバリのガンランスで行ったおれが落ちてしまい、クエストは失敗した。
気分を変えようとブラキディオスへ。ところが、これも何度も戦っている相手であるはずなのに、惜しいところまでいってもふらせろ君が3死。なんとおれたちは、2回連続でクエストに失敗してしまったのである。こんなことはめったにないことだった。
部長・とびしんの不在が、われわれの狩りに影を落としているのは、間違いのないところだった。
あるいは、壊滅の危機に瀕しているみなと店モンハン部の狩りには、このような逆風がお似合いなのかもしれなかった。ゲームの神は「おまえらもういい加減にこんな夜中にモンハンなんかやるのはやめろよ。カタギに戻れよ」と言っているのかもしれない。
ついにわがみなと店モンハン部は、ゲームの神にすら見放されてしまったのかもな、と、冴えない気分でおれたちは次のクエストに行く気力もなく、ビールをあおっていた。
ここで戦いをやめてしまえばおれたちの負けであるには違いない。しかし、しょせんはただのゲームではないか。面白くなかったりうまくいかなかったりした時はいつでもやめていいのである。それがゲームというものではないか。
その時、銀さんが、
「マリオ面白いよお」
と言った。それはメフィストテレス的に絶妙なタイミングであった。もふらせろ君が反応する。そうなのか。そういうのもありだよな。
だいたいおれにだって妻も子供もいるのではないか、とおれは唐突に自分自身について考え始めた。子供も来年は大学受験なのだ。おれは金を稼がねばならないのだ。それを考えると、溜まっている原稿仕事のことを思い出した。無責任に約束して、結局仕上がらなかったたくさんの企画のことも思い出した。あの編集者は、今ここで酒とモンハンでダラダラと時間をつぶしているおれのことをどう思うであろうか。いい歳をして徹夜に近い状態で狩りをし、疲労を溜め込んでいるから原稿も仕上がらないのだ、と思うであろう。そしてそれににわかには反論できない自分がいる。
それからまた、今行っている大学の講義のことを思い出した。毎年毎年同じようなことを学生の前でしゃべっているが、こんなことをやっている暇があったら資料でも読み込んでもっと綿密に講義の準備をするべきではないのか。
資料を読み込む、ということが頭に浮かんだので、おれは去年から今年にかけて福島に行って集めた膨大な資料のことを思い出してさらに暗澹たる気分になった。おれは今こそあの資料を読み込み、さらに福島に足を運んで被曝した人たちの取材を重ね、その現状を事細かに伝える一大巨編を書くべきではないのか。それなのに、なぜおれは夜中の牛丼屋で3DSを片手にビールなんかあおっているのだ。
そんなわけで、おれの気持ちはどんどんモンハンから離れていった。そして「自然発生的にできたモンハン部なのであるから、こんなふうに自然に壊滅していくのもやむをえないのかもな」などと思い始めていた。
そんな時、黒い疾風のように店に飛び込んできた男がいた。よく見ると、それはとびしんだった。