まったり、時々あがき、そして神を感じる時ー中田引退

えーと、今日は長くなりそうです。


中田英寿が引退しましたね。はじめはとにかく「こいつ嫌い」と思いました。僕はどちらかというとボロボロになるまでがんばる人、みっともなくても何でも好きな仕事で最後まであがく人が好きなもんですから。たとえば野茂。だから最初は「何かっこつけてんだこいつは」と思いました。


僕は、今出ている「サッカー批評」(31号)で、財前宣之というJ2山形の選手に7ページのロングインタビューをしています。


財前は93年のU-17世界大会で10番を背負い、中田や宮本を率いて日本チームをベスト8に導いた選手です。若い年代ということもあるけど、イタリアやメキシコを破ったんです。日本チームから唯一MVPに(あれ、ベストイレブンだったかな)に選ばれたのも財前でした。彼の前途は洋々たるものでした。


しかし不幸が襲います。18歳、ブラジルで一度目の靭帯断裂、そしてスペインリーグで二度目の靭帯断裂。最も選手が成長する時期に三度靭帯断裂をしました。


何度もやめようと思ったらしいです。でもやるんですよね。「ありえないくらいの筋トレ」をしたと言ってました。そして中田と同期ですが、しかも一時はボロボロになっていたにもかかわらず、今も山形の中心選手として活躍しています。僕が取材に行った直前の試合では、2アシストを決めていました。僕の好きなタイプの選手。たとえばこういう選手。あがき続ける選手。


なので中田のことを知ったとき「こいつ嫌い」と思ったわけです。


その後、中田のメールをじっくり読みました。そして思ったのは「ああ、こいつは別の意味でまたあがき続けるんだな」ということでした。考えてみれば、中田はこのW杯でむちゃくちゃあがき続けていたんです。


プロとしてはやらないけど「サッカーをやめることは絶対にないだろう」というのにどういう含みがあるのか僕には読みきれませんが(書かれているとおりアマとして楽しむというだけかもしれないけれど)、「サッカーであがき続けてきたように今後の人生でもあがき続けるんだ」という宣言のように僕には読めました。


そこでやっと「中田、許す」と思いました。ははは、何でこう偉そうなんだか。


中田のメールでもうひとつ印象的だったのは、この男は本当にサッカーが好きなんだな、ということでした。これが重要なんですよ。水木しげるだって「好きの力を信じればいい」と言ってるぐらいですからね。


そこでふと、自分のことを考えてしまったんですよ。中田とは天と地の差がありますけど、そして相当よろよろでボロボロですけど、俺はずっと文章を書くという好きな仕事で生きてきたんだな、と。ひょっとして俺は結構幸せな人間なんだろうか、と。


皆さん変な言い方ですけど「神を感じる時」ってないですかね。っつたってアラーやエホバが降りてくるってことじゃないですよ。


たとえば、二十歳ぐらいのときものすごく好きな女の子がいて、その子と一晩過ごすことができて、いろいろあったけど結局何もかもうまくいったようなとき。Fate/hollow ataraxiaでいえば「ビギナーズ」みたいな経験です。なんだか世界が自分の手のひらの中に入ってきてしまったような幸福感。


こういうのを僕は「神を感じる時」と呼んでるんですけど、中田のメールを読んでいろいろ考えていたら、突然この感じに襲われたんです。俺ってものすごく幸福な人生を歩んでるんじゃないかってね。おめでたい話ですよね。連載はつぶれたばかりだし、子供もいるのにいまだに家賃5万のアパートに住んでる人間がこんなことを感じるなんて。


でもまあ、幸福感なんてのは主観的なもんだから、俺の人生これでいいや、と思ったわけでした。


まったり、っていう言葉がはやりました。まあまったりも悪くない。でも時々あがくのもいいんじゃないかと考える大泉でした。




それにしても、新庄引退では何にも考えなかったのに、なぜ中田でこんなに長くなる。